若井 一郎さん(仮名・38歳)の場合
「どこで人生が狂ってしまったのか」苦しくなったとき、人は「死」を考えます。それまで築いてきた人生が、ある意味で否定される自己破産のときもそうです。保険金で借金を返せるなら、と。「なぜか?」その答えの見つけられない人が多いのも事実です。しかし不況とはいえ、人生を狂わせたのは自分でしかありません。
若井一郎さんは昨年3月、自己破産宣告を受けました。負債額は2,500万円。地方銀行のなかでも優良と言われる銀行で順調に行員生活を送っていたかに思われた彼の、突然の一ヵ月にわたる「失踪」から約三ヵ月後のことでした。別に会社の金を使い込んだわけではありません。競馬、麻雀、女遊びに興じたわけでも、不動産売買に失敗したわけでもないのです。デキない上司を持ったことからくるストレス、そして、お父様のガン告知。そんな、ほんの少しの環境の変化が、生活を狂わせはじめたようです。
18歳で入行してから、府内三支店、近県の一支店を経て、再び大阪に戻った時には支店長代理の肩書がついていました。同期のなかでも順調なコースを歩み、専業主婦の奥様と3人のお子様にも恵まれ、預貯金は30歳代初めごろで1,000万円近くにもなったそうです。府内にある実家の土地を持ってはいましたが、一家は社宅住まいで、平凡ですが、幸せな生活をしているはずでした。その彼が、週4日ぺースで飲み歩き、預貯金をゼロにし、破産へ向かいはじめたのは約7年前のことでした。
銀行では外回りを担当し、しっかりと業績を上げていました。しかし、当時の副支店長や課長といった仕事の面で直にやりとりする上司が、とてもではないが信頼できる人たちとは言えなかったといいます。そしてストレスは徐々に募っていきました。そのころ、面倒見の良い女性行員に愚痴を聞いてもらいはじめ、徐々に男女の関係になりはじめました。女性問題が奥さんに伝わったのは、女性行員の仲間からの密告でした。さらにちょうどそのころ、お父様がガンだと分かり、入院、手術、そして臨終を迎えます。そこから、家庭内別居・離婚の一歩手前の状態になる一方、若井さんはストレス解消のために飲み歩く回数も前にもまして増え始め、女性との温泉旅行や海外旅行に出かける回数も増え、貯めるのには時間のかかる預金も無くなるのには時間もかからず、あっというまに預貯金は底をつきはじめました。そして、お父様の手術代や入院などに伴うもろもろの出費も重り、完全に底をついてしまいました。
勤め先が勤め先だけに、信販会社も消費者金融も甘い審査だったので、その後は次から次へとお金を借りてしまいました。このままではいけないと考えた事もあったようですが、飲み歩くのは全く止まらなかったそうです。銀行員だけに、頭のなかには常に「バランスシート」があったようですが、そのバランスシートも負に転じるようになり、借金の額が膨らみ、自宅あてに債権者からの督促の電話も頻繁にかかりはじめて、とうとう、もう身動きできないと観念しはじめました。銀行にも突然の無断欠勤をはじめ、たった一人で家を出てしまいました。
「嫁さんが相沢さんに電話をしなかったら死を選択していました」今でこそ、そう語る若井さんですが、家族にも電話一本、手紙一通出さず各地を車で一ヵ月間さまよいました。「所持金の残り具合を見ながら、どこで死ぬのが一番かっこいいかな、と考えてました」死ねば、保険金の約1億円が家族に支払われる。そこから負債分を引き、当面の奥様やお子様の生活費などを考えてもおつりがくる。家族に迷惑をかけないためにも、信販会社、消費者金融合わせて数社への返済には保険金を充てるほかない、死ぬしかないと死に場所を求めていたそうです。
そして、いよいよ死のうとした直前、自殺の名所、W市のS町の海岸で若井氏を発見保護しました。特異家出人として警察に手配されていた事もあり、各地や旅館での聞き込みが実を結びました。すぐに、奥様へ電話を入れました。「オレ、この世からいなくなるから」。まだ死神につかれている若井さんは一言いいました。その言葉に「ちょっと待って!」と奥様は叫びました。「自殺すれば負債は返せる。でも、こんな状態じゃ死んじゃだめ、無責任すぎる」と、横にいる私にも聞こえる大きな、とても温かく厳しい叫びでした。30分の会話の後、若井さんは家に戻ることを決意しました。帰宅した後は、弁護士を訪ねて頂き、すぐに弁護士と負債・資産などを整理する作業を開始し、自己破産の方向に持っていくことにしました。会社は自主退職することに決められました。借金を少しでも減らすため、翌月からは昼間は商事会社に通い、夜は自宅近くの工事現場で働きはじめました。専業主婦だった奥様も、二ヵ所でパート勤務を始めました。入行20年を目前にしてのこと。退職金は500万円近くありましたが、すべて借金の返済に充てられました。「この新しい人生をしっかり歩いて行きます。離婚も、お互い考えてはいるけれど、子供たちの幸せそうな笑顔を見たら、そう簡単に動くことはできない。この先のことはまだ全く分からないですが子供のために必死で頑張りますよ」そういう若井さんの笑顔がとても素敵でした。見た目もストレスがたまりにたまっていた行員のころからすると、主人の顔色も良くなったと奥様も言われます。
「どうして、あんなことやっちゃったんだという気持ちでいっぱいです。それに、ストレスがひどかった時期、その同僚女性に向かわず妻に相談すればよかったのに‥‥とも思う」そう奥様の前で話せる若井さんに、私は今でも心からの応援をし続けています。

